エンジニア奮闘記

IBMチャンピオンに聞く「SEとして働くということ」【無我夢中編】

「IBMチャンピオン」という称号をご存知でしょうか。IBMのソリューションやソフトウェアに多大な貢献をした技術者に贈られるもので、2017年は全世界で123名、日本人では6名が選出されています。

このブログサイトでもたびたび登場する“よっしー ”こと株式会社ソルクシーズの吉田武司さんは、栄えあるチャンピオンのひとりです。システムエンジニア歴18年。入社以来、Notes/Dominoのアプリケーション開発に携わり、システム管理・構築などを含む幅広い技術や知見が高い評価を受けています。

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システムエンジニアとしての足跡を教えてください、とお願いすると
ソルクシーズに入って3日めに、新しいアプリを作らないかといわれたんです
と語り始めてくれました。

最初に作ったのは、空き地を駐車場として活用した際の利益をシミュレーションするソフトでした。Windowsが出たばかりの頃で、Excel(エクセル)で何ができるのかを調べるところから始まった手探りの仕事でしたね。

入社して3ヵ月ぐらい経って、初めてNotesの開発を手がけることになりました。日本に入ってきて間もない頃だったので、本屋で調べても2冊ぐらいしかテキストがないんです。研修を受けただけで開発しなければならない仕事で、いきなり限界に挑戦させられた感覚でした

お客様に依頼されたのは、作業に対する工数を算出して日数や人数に割り振るガントチャートを作るシステムの構築。プログラムコードの量が多すぎて、Notesのシステムに保存できなかったり、本当にシステムを完成させることができるのか、と確信が持てないまま取り組む日々だったそうです。

苦労して完成させたシステムは、結局使われなかったとのこと。「システムエンジニアをやっていると、ときどきそんなこともあります。20年経っても、そこは変わりませんね」。落ち込んでいる暇もなく、次の仕事が舞い込んできます。

「システムエンジニアとして、どうあればいいのだろう」と悩みながら働くなかで、手ごたえを感じたのは30代になってからの仕事でした。お客様のオフィスに2~3年常駐して、社内の情報システムを構築・運用したうえで、新しいアプリの開発も手掛けるプロジェクトです。

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それまで他社のチームが任されていたのですが上手くいかず、ソルクシーズに声がかかった仕事でした。吉田さんは6人のチームのリーダーとしてプロジェクトを進めることになりました。

お話を聞いていくなかで、前の会社がうまくいかなかった理由とやるべきことは見えており、勝算はありました。いちばんの問題は、開発業務工数のお客様との調整でした。

メンバーが風邪もひかない(笑)想定で、ずっと1ヵ月21日(≒平日日数)として計算していたり、問い合わせ対応のために開発が止まる時間が想定されてなかったりしていたので、開発にかけられる実際の工数は、現状の想定の6割程度になる、ということを丁寧に説明するところから始めました

チームには優秀なシステムエンジニアが集まっており、この体制でできないわけがないと信じて進めた仕事。ひとつひとつの業務の記録を必ず残し、事実を明確にすることでお客様の信頼を得て、スムーズなチーム運営の方法を構築していきました。

大学時代に物理を専攻していたので、無から何かを生み出すことはできないという感覚が強いんですよね。計画というのは、100を明確にしてどこまでやれるのかを精緻に計算していくことだと思っています。

都合の悪いことを見ないふりしたり、努力や根性を想定して計画を作ったりすると、プロジェクトはいずれ破綻します

仕事に対する取り組み方や考え方をはっきりさせてくれたプロジェクトを経て、30代後半の吉田さんは仕事の幅を広げながらも挫折を経験することになります。

次回の「SEとして働くということ」は、【領域拡大編】をお届けします。

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